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【菅谷昭】 プロジェクトX 挑戦者たち 「チェルノブイリの傷 奇跡のメス」
2012年05月08日 (火) | 編集 |
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NHK番組コレクション:
プロジェクトX 挑戦者たち 『チェルノブイリの傷 奇跡のメス』

これ良かった。
YoutubeのNHK公式動画なので、消される心配なく紹介できて嬉しい。
ちょっと不満を言うなら、ブログへの埋め込み禁止な所かな。

菅谷昭さん。こんな素晴らしい人間が居るんだなと思った。
菅谷昭さんのことは、東北の震災後にいろいろと調べていたら、名前をよく見かけていたのだけど、あまりよく知らなかったので、スルーしていた。でも、これを見て 菅谷昭 の名前は忘れられない名前になってしまった。
感動した。

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● あらすじ

「プロジェクトX 挑戦者たち チェルノブイリの傷 奇跡のメス」
1986年4月26日。旧ソ連ウクライナで人類史上最悪の事故が発生した。チェルノブイリ原子力発電所4号炉の爆発。大量の放射性物質が発生、その多くが風下に位置したベ­ラルーシに流れ、間もなく悲劇が始まった。子供たちに甲状腺ガンが多発し始めたのである。

現地の病院で手術を受けた子供たちの首筋には、一生消えない大きな傷がついた。そ­の時、一人の日本人医師が立ち上がった。信州大学医学部の外科医、菅谷昭。父は、夜の往診も厭わない町医者。もっと患者と向き合いたい、そんな思いを抱き続けていた菅谷は­、大学教授の座を辞し、ベラルーシに渡ることを決意する。ベラルーシでの菅谷のたった一人での闘いが始まった。

やがて菅谷の高い手術技術や、患者との交流に心打たれていく­若い現地医師たち。いつしか菅谷のアパートに集まり、勉強会が開かれるようになった。菅谷は、彼らに自分の手術技術の全てを伝えた。さらに菅谷は、手術後もガン再発の不安­を抱える患者達の家を一軒一軒訪ね、診察を繰り返した。脳裏には父の姿がよぎっていた。

そんな菅谷の活動に共感し、菅谷を支えようと奮闘する一人の男がいた。28歳の若手­医師、ゲンナジー・トゥールだった。二人は訪問診療を黙々と続けていた。やがて菅谷たちの努力は、ある一つの奇跡を産んだ・・・。人類史上最悪の事故と対峙した、日本人医­師と現地の医師たちの5年半に及ぶ闘いを描く。
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菅谷昭 - Wikipedia
すげのや昭 公式サイト

講演録「チェルノブイリで子供たちに何が起きたのか!」小児甲状腺がんの現状
Youtube 菅谷昭


テーマ:TV番組
ジャンル:テレビ・ラジオ
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